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  • Name:からつ
  • 今までの想いが詰まった記事ですね!

    てかまだ3ヶ月か。
    すげー経験してるなぁ。
    自分も最後の日に送別会あるかなぁ。。

    迷うこと、腹が立つこと、帰りたくなること
    何度だってありますが、一緒にいてくれた
    彼らやベトナムに何か役に立って
    帰りたいと思う気持ちは僕も同感です。

    場所や時間や形式に囚われず
    頑張っていきまっしょい!


  • 2010/07/30 00:54 | URL 
  • Name:川村
  • >先輩

    先輩からコメント頂き、大変恐縮です!
    そうですね。僕がベトナムにこれたのも
    先輩の第一歩があったからです。

    ベトナムの皆様にこれだけお世話に
    なっているので、何かせずにはいられませんよね。

    また諸々画策していきましょう^^
  • 2010/07/30 13:26 | URL 

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ダナンで働かせてもらい、早1ヶ月。
あれよあれよという間に、先週が最終講義の日。

10分前に到着しようと、教室に向かう途中に生徒達がベンチでたむろしている。
教室は暑いから入りたくないんだろうかと思い、
「はいはい、これでは授業が始められないので、早く教室に入りましょうね」と
促すことにする。

すると、「授業が始まったら、今日でお別れになってしまいます。
だから、今日は休みにしましょう」と生徒達からの申し出が。


おお、、、予想だにしていなかったことだったため、うるっときてしまった。
とはいえ、ここはやるべきことはやろうと思い、皆を引き連れて、教室に入る。

授業は終始順調に進む。
印象的だったのが日本のサラリーマンについて説明をしていたときのこと。

僕「日本のサラリーマンは出世を目指して働きます
一番えらい人が社長です。では一番下の社員のことを何といいますか?」


生徒「おしんです(キッパリ)


僕「……。せ、正解!


このように時に、予想だにしない答えが返ってくることが、日本語の授業ではたまらなく面白い。

そしてそして、あっという間に授業は終わりを迎える。
一通り挨拶を済ませ、さて帰ろうかと思ったいたところ、
生徒達が、何やらざわざわとし始める。

するとクラス長が前に出てきて、

「先生、今日は最後の授業ですね。ベトナムでは最後の授業の
日は送別会をします。いままで本当にありがとうね。それでは
送別会をするために、場所を移動しましょうね!」


という流れに。

ただの一外国人に対して、こんなことを言ってくれるなんて、、、嬉しいじゃないですか。

僕「もうビールでも何でも飲みまっせ!」
生徒「イエーイ!」

……ところが、そう発言した直後。まさにその直後に、これまで雲一つない晴天から突如雷雨
になる。台風なみの勢いだったため、我々一同唖然。身動きがとれなくなる。


しかし、そんなことでこの日を終わらせてならぬと思い、ふと周りを見渡すと
マイクがある。

「これはカラオケが出来るんじゃないか……」

早速生徒たちに提案したところ、一同大盛り上がり。
ということで、急遽教室でカラオケ大会が行われることに。


「さくら」熱唱から始まり、ダナンに遊びに来ている大学の後輩である藤田悠さんの
「世界で一つだけの花」。
そして、学生たちのベトナムで人気のロックソングによって、場は大盛り上がり。
そしてそして、〆は皆で踊る「ソーラン節」。

なぜかほぼ完璧に踊れるVu君先導の下、僕も見よう見真似で始めてのソーラン節を
踊ることに。

PICT0036.jpg
*噂のVu君。日本語はまだ1年間しか勉強していないが、ノリと愛嬌で、会話を成立させる
ツワモノ。踊りが超うまい。ソーラン節の余りのうまさに涙が出た。
「えぇ~」が口癖。

PICT0042.jpg
*日本についてお話する藤田先生。結構うまかったです。

PICT0066.jpg
*カラオケで盛り上がる教室内。ベトナム人も本当にカラオケが大好き。

これは楽しかった。いやほんと。
ソーラン節でここまでつながるとは考えてもいなかった。
歌や踊りは言葉を超えて、人間をつなぐ力があると確信。

海外に出たら、何か一つでも踊れると、とても盛り上がるので、
おススメします。
フエに帰ったら、よさこいサークル作ろう。


、、、さてさて!これでダナンでの仕事も一区切り。

4月1日からベトナムに来て、そろそろ3ヶ月が経つ。
今思うとあっという間だとも思うし、長かったなとも思う。

この間に、沢山の友達が来てくれた(総勢20人くらい)し、
ベトナムで活動する沢山の日本人の方達にもお会いすることが出来た。

3ヶ月前、何も保証がないまま、飛び込んだベトナム。

お金もない、コネもない(友達は本当に一人もいなかった)、職もない、
語学力もない(シンチャオしか知らなかった)、人に誇れる特別なスキル・経験もない、、、。

「無いもの」を数えれば、それはもうキリがないほどあったし、今もそれはさほど変わらない。
出発前にはよく「不安はないの?」と聞かれたが、正直なところ、不安が大半を占めていた。
この決断は正しかったのだろうか、日本にいれば助けてくれる友人も親もいる。。。

それでも、昨年12月にベトナムを訪れた時の感覚を信じたかった。
この地に生きる人達の躍動感や、暖かさに触れ、「ここに身を置きたい」と感じた自分を。
自信なんか全くなかったけれども、飛び込んでみようと決意した。

それから3ヶ月。多くのベトナム人の友達も出来た。
仕事についても少しだが給料がもらえるようになってきた。

社会的全裸状態の僕が、生きていけたのは、これはもう一重に周囲の人たちのお陰でしかない。
月並みな表現だけれども、今はそれしか言葉が思い浮かばない。

まず最初に、日常生活の何から何まで面倒を見てもらった
日本語を学ぶ学生たち、そして先生方、本当に有難う御座います。

来たばかりの頃は、唯一覚えていたシンチャオすら通じないこともあり、
道に迷ったときは圧倒的な孤独を感じた。無力という言葉が染みた。
「ああ、俺は仕事ばかりか、言葉すら使えない存在なんだ」と。

ただ、そんな時にいつも助けてくれたのは彼らだった。

他にも、少し風邪を引いたくらいで、いつの間にか大量の果物が届けてくれるベトナム人の
友人たち。
毎日顔を合わせているのに、「恋人は出来たか、いつ恋人は出来るんだ」
と毎日聞いてきて、「いないよ」という返事を待って笑い転げる生徒たち。

そんな彼らと毎日接している内に、
そのお節介過ぎるくらい密な付き合いをしてくれる彼らに僕は惚れ込んでしまった。

そしてベトナムで「日本語」を使った仕事が成り立つくらい日本という国を支え、
発展させてくれた日本の先輩達。
国内にいた時は気づけなかったけれども、先輩方が築いてこられた日本は素晴らしい国です。

僕を良くお世話してくれるある生徒は、なぜこんなに世話をしてくれるのか
と聞いたときに、こんなことを言ってくれた。
「僕は昔、日本で働いていました。その時、日本人は本当に優しくしてくれました。
 今は僕が恩返しをする番です」

僕は彼の世話をした日本人を知らないし、これからも恐らく会うことはないだろう。
しかし、僕の知らないところで、ベトナム人に優しく接してくれた日本人がいるんだ、
そしてずっと彼の心に残っているんだ。そう思うと何だか僕まで嬉しくなった。

このような話は何も彼だけのことではありません。
他にも沢山のベトナム人から、日本人がやさしくしてくれて
感謝をしているという話は何度も聞きました。

日本は決して経済的な面だけで評価されている訳ではないんだな。

また、ベトナムへ来てくれた沢山の友人達。
友廣さん
松林さん
斉藤さん
飛田さん
比留川さん
角田さん
徳井さん
西脇さん
まりぺさん
伊藤さん
安藤さん
御代川さん
草野さん
野原さん
伊藤さん
浅野さん
大芝さん
男全さん
松下さん
八巻さん
三城さん
宮川さん
宮澤さん
藤田さん
石井さん
鈴木さん
えみりさん

本当にありがとうございました。

また、そもそも、ベトナムへと誘ってくれた鈴木さん、
僕より半年以上も前に、ベトナムで働いてくれた唐津周平君にも改めて御礼を申し上げたい。

そしてそして、こんなに身勝手な自分を暖かく見守ってくれている家族に
感謝します。


さて、これからについても少し。

今日、フエ外国語大学日本語言語・文化学科で半年間働かせてもらうことになった。
また、以前から進めてきた日本語ガイドの方達と一緒に「日本語ガイドクラブ」という
組織を作ろうと動いている。

それは今までの「物珍しい外国人」という段階とは違い、
一日本人として「覚悟」が求められている段階になってきていると感じている。

その覚悟とは、この地の人々と一生付き合っていく覚悟なんだと思う。
正直、まだまだ揺れ動くことはある。
日本の方が便利だし、帰りたいと思ったことだってあった。
これから一生このベトナムで住んでいたいのかと問われれば、まだ分からない。

それでも、今は日本ではなく、このベトナムで自分にやれることをしていきたい。
中途半端に接してしまい、結局どっちつかずになってしまうことだけはもうしたくない。

無い無い尽くしの一日本人に過ぎない自分。
それでもやれることがあるんだと気づくことが出来たこの3ヶ月。

新たな覚悟と共に、これからも生きていきたい。
皆様、これからもよろしくお願い致します!

追伸:フエに帰ったあと、ダナンの生徒から届いたメール
「先生、お元気でしょうか。"rau câu" を思い出していますか。先生、早く恋人が見つかりますように!」
・・・チョイオーイ(=なんてこった)。

川村泰裕

2 Comments

  • Name:からつ
  • 今までの想いが詰まった記事ですね!

    てかまだ3ヶ月か。
    すげー経験してるなぁ。
    自分も最後の日に送別会あるかなぁ。。

    迷うこと、腹が立つこと、帰りたくなること
    何度だってありますが、一緒にいてくれた
    彼らやベトナムに何か役に立って
    帰りたいと思う気持ちは僕も同感です。

    場所や時間や形式に囚われず
    頑張っていきまっしょい!


  • 2010/07/30 00:54 | URL 
  • Name:川村
  • >先輩

    先輩からコメント頂き、大変恐縮です!
    そうですね。僕がベトナムにこれたのも
    先輩の第一歩があったからです。

    ベトナムの皆様にこれだけお世話に
    なっているので、何かせずにはいられませんよね。

    また諸々画策していきましょう^^
  • 2010/07/30 13:26 | URL 

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