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  • Name:堀井香織
  • すごくいい記事で読んでいて胸がじーんとなりました。
    ホントすごいよね。。。感動・尊敬します!!
  • 2011/04/07 22:32 | URL 
  • Name:
  • >香織さん

    コメントありがとうございます^^
    彼にはただただ感謝です。

    似たような境遇なので、謎の結束が
    生まれております笑。

    とはいえ、まだまだまだまだ道半ばなので、
    これからもどうか宜しくお願いします!
  • 2011/04/08 02:00 | URL 

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「社会人と学生が集まって、リストラされた者たちのための決起集会をやりたいんです。」


彼と初めてコミュニケーションを取ったとき、こんなメールが送られてきたのを
今でも鮮明に覚えている。

当時は職を失った直後。
「これからどうすっかなー。。。」と悶々と悩んでいたときに、
ベトナムつながりで送られてきたこのメール。

正直、初めてこのメールをみたとき、
「こいつ頭イッってんのと違うか」と思ったことは内緒である。

彼の名前は唐津周平(からつしゅうへい)。
僕と同じような経歴で、僕よりも8ヶ月早くベトナムはダナンで働き始めた若造である。
ネット上では知る人ぞ知る、ベトナムのダナンで働く若造です。

僕がフエに降り立ち、約1年が過ぎました。
まず初めに、唐津君についてどうしても書きたい。

彼がいなかったら僕はベトナムに来れなかった。
そしてこんな沢山の可能性に気づけなかった。

ですので、彼への感謝も含めて、僕の1年間を振り返りたいと思う。
PICT0767_convert_20110406230847.jpg
*右側が唐津君。無理やり現地の食材を食べさせられている様子。。。この後、暫く動いていなかった。

■唐津周平君の紹介

彼のことを知らない方のために、川村視点での彼を紹介させて頂きたいと思う。

改めて、、、彼の名は唐津周平。
2009年6月、彼が23歳のときベトナムのダナンで働き始める。

なぜベトナムで働くことになったのか。。。
それを下記に書いていくことにする。

2008年、関西の某私立大学を卒業後、東京にある某人材派遣会社へと入社。

入社後、なんと3ヶ月で給料が支払われなくなり、会社共々窮地に追いやられる。
そこで出た苦肉の策として

「自分が派遣される」

という荒業に出て、会社を支える。

*ちなみに派遣先は、某ネット回線をひたすら飛び込みで売りまくる営業会社。
 最初は嫌だったらしいが、持ち前の適応力で、1ヵ月後にはトップ営業マンになったとのこと。。。

さらにさらに、平日夜は、業務が終わった後、某コンビニでアルバイトまでしていた
らしい。。。

しかし、当時世間を吹き荒れていたリーマンショックが会社にも覆いかぶさり、
いよいよ立ち行かなくなり、あえなく退職を余儀なくされる。

その頃が丁度2009年の4月頃。
彼が関西から、東京にでてきて丁度1年。

過度の労働により、体重が10キロ近く落ちていた。
大学の同期が、そんな彼の姿をみて「不憫だ」といって泣かれたこともあるとのこと。
*その後、その同期は、彼のために、米とお菓子を宅配便で送ってくれたらしい。。。

その他、彼には数々の伝説がある。

・退職金が「カツ丼」だった
 →この事実を聞いた時、退職金が少なかったことについて嘆いている自分の小ささを痛感した。。。
・「インドかベトナム、どっちがいい?」という謎の選択肢の中で
 「インドはきつそうだからベトナムで」というノリでベトナムを選んだこと
・すべてが決まった後、
ところで、ベトナムって何語を話すんですか?」というレベルから
 働き始めたこと...etc

ここまで書いていると、ただの「なんて修羅場を経験している男だ。。。」
と思われるかもしれない。

しかし、そんなことを言いたいのではない。

他人からしたら、ある意味、「これは終わった」と思われる状況かもしれない。
でも、彼は、そんな中でも、「自分が自分の可能性を捨てたら終わりだ」と
思い続け、行動し続けたのだ。

結果、2009年当時、誰も知らなかったベトナムの、しかもその中でも
日本には馴染みのないダナンという都市ではたらくことを決意し、一歩を踏み出したこと。
そして現在、その歩みを止めなかった一歩が、徐々に広がりつつある。

PICT0800-1_convert_20110406230956.jpg
*謎のブン(=ビーフンみたいな麺)を食べさせられる前に、入念なチェックを行う唐津君。


■唐津君との2010年について

ベトナム中部で働く仲間たちが増えてきている。

ホイアンで日本語教師として働く中村浩二君
ホイアンでアイドルグループを立ち上げる!?傍ら、オーダーメードショップで働く比留川さん

その他にも、2010年4月~2011年4月現在までで、友人、友人の友人、twitter,ブログ経由で
お越しいただいた方を全部含めると、100名以上はお越しくださったと思う。

そしてなんと、そんな彼の姿を見ていてくれていたとある大学の担当者の方が
彼をゲストとして呼んで、キャリア教育の授業にスピーカーとして参加
させてくれることにもなっている。

そんなご縁に恵まれた1年とちょっと。
少しずつではあるが、仕事の種が生まれ、芽が出つつあるものがある。
チェンジメーカー留学inベトナム
ベトナム武者修行ツアー

上記はそのつながりの集大成だったと言える。
正直なところ、まだまだ改善しなければならないことが沢山ある。
まさに試行錯誤中。

けれども、僕はベトナムにきて、本当に良かったと思っている。
これからどうなるかは分からないけれども、この1年を後悔するとは
この先思わないだろうし、死ぬ前になってもこの決断を後悔することはない。

日本に居るだけでは分からなかった視点を得ることが出来た。
日本にいるだけでは到底出会えなかったような方たちと出会えた。
会社の名前とかではなく、「自分たちがやっていること」に対して、共感を
してくださり、協力してくださる方たちと出会えた。。。

得られた学びは数え切れないが、
特に。会社とか組織とかではなく、個人としてお付き合いをしてくださる
方たちと出会えたことはこれからもずっと財産になっていくと思う。

職を失い、自己否定しかけていた自分。
この国にきて、沢山の人の生き様から勇気をもらえることが出来たし、
小さな存在である自分でも出来ることはあるんだとちょっぴり自信も得られた。

それもこれも、全ては唐津君の一歩目があったからだと、僕は心からそう思っている。
だから、節目である1年目が終わろうとしている時に、改めてお礼をいいたい。


ありがとう!

R0010373_convert_20110407000345.jpg
*残念ながら、唐津君の写真が切れてしまっためベトナムっぽい写真で終えたいと思います。



また、この記事が、これから、未踏の分野に踏み出そうとする若い人たちへの
メッセージとなれば幸いである。

彼を見ていると、本当に人生の好転させるのは、その人の事実の捉え方次第。
そして具体的な行動にかかっているなと痛感します。

そんな彼の将来の夢のひとつが先生になること。

こんなハチャメチャな先生が居たら、学生も面白いだろうな。
どんな悩みを抱えている生徒も「大丈夫だ。先生だってこんなだけど生きていけている!」
と後押しできるだろう。

僕はそんな彼の夢を心から応援したいと思うのだ。
だから、今は来るべき日に備え、ベトナムで暫く活動していきまっしょい。

ダナンにお越しの際は、ぜひ彼に連絡をしてみてください。
きっと、その勇敢さ(=無謀さ)に、励まされること間違いなしだと思います。

でも、かなりのシャイボーイなので、面白いネタは中々話してくれません。
そんなときは、お酒を交えて、色々と突っ込んでみてください。

ブログでは書けなかった秘蔵エピソードが満載だと思います笑。

それでは、今日はこんなところで。
また!

川村

2 Comments

  • Name:堀井香織
  • すごくいい記事で読んでいて胸がじーんとなりました。
    ホントすごいよね。。。感動・尊敬します!!
  • 2011/04/07 22:32 | URL 
  • Name:
  • >香織さん

    コメントありがとうございます^^
    彼にはただただ感謝です。

    似たような境遇なので、謎の結束が
    生まれております笑。

    とはいえ、まだまだまだまだ道半ばなので、
    これからもどうか宜しくお願いします!
  • 2011/04/08 02:00 | URL 

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