最新2012年05月の記事一覧

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*この7月に卒業する教え子たちと@フエ

先週、僕がとてもお世話になったフエ外国語大学日本語学科の卒業パーティーがあった。
実は、僕は今、今年の1月にフエでの全ての仕事を終えて、現在はホーチミンで働かせてもらっている。
でも、このパーティーだけは行かねばならないと思い、参加をしてきた。

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*ばっちりキメてきた生徒たちに戸惑うの巻

彼ら・彼女たちと出会ったのが丁度2年前くらいだったと思う。
ひょんなご縁から、大学に採用され、それからすぐにこの学年を担当させてもらった。

日本語はそれまで教えたことはなかったし、ベトナム語は全く話せなかった当時の私。
それでも、出来る限りのことはしようと、授業外でも(むしろ授業外で)よく遊びに行ったし、
連れて行ってもらった。

お腹が減ったときは、一緒にご飯を食べに行った。
自転車が盗まれた時は、「しょうがないね~」と言われつつ、迎えに来てもらっていた。
テスト時にカンニングしようとして怒ると、逆切れされるから更に怒り返したりもしていた。

当時は大学から徒歩30秒の寮に住んでいたこともあって、
僕の生活と仕事はほぼ大学と学生と共にあったように思う。


ホーチミンで働いている友人たちと話している時
「フエで何をしていたんですか?」
と良く聞かれることがある。

そういった時にふと思い出す。
あの期間は一体何だったんだろうかと。

振り返ると、「ベトナムが好きになれた」期間だったのかなと思う。

2010年4月にフエに来させてもらってから2012年1月まで約1年9ヶ月。
色々なことが会ったけれども、学生の皆さんとぐっと深くまで付き合うことが
出来て本当に良かった。

がっつりビジネスをしていた訳ではない(それならフエにはそもそも行かない)し、
じゃあ、日本語を専門的に教えていたかというとそうでもない。

ただただ「生きる」ことを目的に、毎日を過ごしていたように思う。
最初は収入ゼロだったし、一番最初の給料はなんと10万ドン(=約400円)だった。

正直に言うと、その頃は毎日
「このまま世捨て人になるんじゃないか。。。」という不安でブルブルしていた。

でも、学生の皆さんが圧倒的なお節介力で僕にかまってくれたことが、
いつしか、そんな思いも吹き飛ばしてくれた。

■学生から学んだこと

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*毎年11月にある「先生の日」での一枚


そんな彼ら・彼女たちとの関わりを通じて、沢山のことを勉強させてもらった。

日本ではまずお目にかかれない勉強に対する熱心さ(とはいっても全員勉強している訳ではないが)。
家族、そして周りのコミュニティーを大切にするあり方。
彼らからみた日本、そして日本人像。

どれも、僕にとっては新鮮で、驚きの事実ばかりだった。

それまでは何でも「日本」を中心に考えていた。
仕事も、生活も、何もかもが「日本」だった。

でも、ここはベトナム。

言葉も違う、生活も違う、習慣も違う、、、
そんな何もかも「違う」国でも、一定の秩序だった社会が築かれていること。

何もかもが違うように見えても、日本人と同じようなことで笑ったり、怒ったり、喜んだりして
日々を生きているベトナムの方たち。

そんな姿を目の当たりにして、「ベトナムって面白いなー」と思えたこと、
そして「ベトナムをもっと知りたい、そして他の国のことも知りたい」と思えたことは、
随分、僕の視野を広げてくれた。

そして「住むところ、働くところは日本じゃない選択肢もあるんだ」
と肌感覚で実感できたことは、これから生きることに対して、とっても明るい希望を
灯してくれた。


■フエ外国語大学の皆様、本当に有難う御座いました。

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*昨年、フエに遊びに来てくれた日本の友人と学生たちとの一枚。

さて、話は戻るが、とてもお世話をしてくれた学生たちがもうまもなく卒業を迎える。
僕自身、フエで得た学びをもとに、より仕事面でも生活面でもチャレンジがしたくなり、
今月からホーチミンで働かせてもらうことになった。

でも、フエはいつまでも僕の原点であり続けると思う。

恐らく、「いやー甘いよ君は。ベトナム人を分かっていないよ」と思われる方もいらっしゃるかもしれない。
それはその通りだと思うし、僕もまだまだこの国の人たちを理解していないと思う。

ただ、だからこそ面白いと思うし、困難に直面したときは、あのフエ生活のお陰で
逆に楽しめるようになった。

フエではデング熱になったり、自転車は4回くらい盗まれるし、謎のベトナム人から
誹謗中傷をされて、警察沙汰になりそうになったこともある。

その度に「なんなんじゃこれは!」と苛立っていた。
でも、それと同時に、近くのベトナム人が助けてくれた。

特にデング熱の時は、一歩も動けなかった僕に対して、
毎日山ほどのりんごとバナナを食べさせてくれたお陰で
無事生還することが出来た。

そういった紆余曲折を経て、やっぱりベトナム人は素敵だなと
思うようになっていったし、それは今も変わらない。


本日、『アウトプットから始める意味』という記事を拝読させて頂いた。

その中でとても示唆深い言葉が書かれていたので、引用させていただきます。
=======
クセといえば、途上国の生活もけっこうクセになるものかもしれない。
ノウハウを積み上げることで明らかにリターンに変化があらわれるからだ。
やるかやらないかでリターンに差がでるので、困難が多いほど中毒性がある。

ハマるためには「いろんなことを自分でやる」必要がある。
語学とおなじで自分がどれだけ「どっぷりつかる」かでしかない。

非効率なことを業者やメイドにやらせる前に、まず自分が非効率の苦しみを味わったほうが発見が多い。
初めからなんでもメイドにやらせるかたもいらっしゃるのだけど、とてももったいないとおもう。

メイドの使い方に熟練するのと引き換えに、歪みを体験する機会を手放してしまうからね。
ルールのちがう国で生活することのなかで、ぼくは不都合なことを日常にしてゆく過程がとくに愉しい。
あたらしい解をみつけるたびに、「またひとつ自由になった」とおもう。

=======

>あたらしい解をみつけるたびに、「またひとつ自由になった」とおもう。

この表現は何てその通りなんだろうと、一人ベトナムのカフェで唸ってしまった。

僕の場合はフエの学生たちと、日々あたらしい解を見つけ続け、一つずつ自由を獲得していった
のではないかと思っている。

これから先も沢山の困難があるだろう。
けれども、その度にどこかでフエでの生活と、学生たちと過ごしたことが思い出して、
「よっしゃ頑張るかー!」と思えるのだと思う。

その意味で、どうしようもない僕に対して、
生きる土台を与えてくれたフエの皆さんには心から感謝している。


■これからのこと

将来の目標の一つに「奨学金を創設する」というものがある。

僕がフエで与えてもらった学びを、逆にベトナム人の学生たちが日本へ行くことで
返していきたい。

彼ら・彼女たちの身分保障や、お金の出所、継続的な仕組みにするにはどうしていくのか
などなど、課題は山積み。
でも、僕はもう出来ると思っていて、具体的に動き出してしまっている。

大義名分なんて必要なくて、もっと日本人とベトナム人が身近に付き合って
行ける様な環境を創ろうと思う。

これはベトナムに限った話ではない。
近い将来、カンボジア、ラオス、ミャンマー、タイにも拡げたい。
うーん考えただけでもワクワクするなー。

ベトナムに行く前はこんなこと考えもしなかった。
でも、今はベトナムが身近になったからこそ、沢山のアイディアと共に、
毎日を楽しく生きていられている。

フエ外国語大学の皆さん、フエの皆さん、そして今まで関わってくださった
ベトナム人の皆さん、本当に有難う御座いました。

そしてこれからも宜しくお願いします。

最後に、学生の皆さん、卒業おめでとう御座います!
これからもよろしくね。

川村

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